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酒塚の歴史 - ::酒塚::静岡県沼津市にただ一つ遺るお酒の神様を祀った石塚



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江戸時代建立、250年の歴史

東海の名勝地、沼津市牛臥海岸にある大本山日緬寺の境内にある酒塚は、宝暦八年(西暦1758年)に備前の人、飛山長左衛門が、自己の篤く信仰する仏教の因果律に拠る和歌を刻石して酒塚を造らんと発願し、全国を行脚してに旧国六十六カ所に建立しました。現存するものは日緬寺に遺ったもののみで、我が国では唯一のものになります。(参照:辰野隆著『酒談義』より)

酒塚奇瑞憚

history01.jpg当初酒塚は、下田港の武山閣鈴木吉兵衛氏邸内にあり、しばらくの間は人目を憚るようにひっそりと安置されていた。現在の酒塚は、下田の人々もその存在を忘れていた頃に、日緬寺先代住職の結城瑞光が、現場より運んできて日緬寺境内に安置したものであるが、酒塚がはるばる伊豆半島を北上してきた理由は代々次のように日緬寺に伝えられている。

或夜、瑞光住職が寝室で御酒を聞こし召しになり、その酔いにあずかるうちに、ややあって微睡んでいると、枕元に人の気配を感じられた。不覚にも目を凝らすと、年頃は十八、九と思われる、美しい女性が立って自分を見下ろしているのに気づき、言語道断と自らを取り戻そうとしするや、次のように語り出すのだった。

" -妾は酒の精である。下田の酒塚をすみかとするも、置き忘れられ、日夜寂しうてかなわぬ。若しおまえに心あらば、妾を御寺の境内にうつし、酒に心ある人々に参観させてほしい- "

そうとだけ云って帰ろうとする女を、住職がひきとめ、子細を聞こうとすると、目は覚め、ただ枕元に女精の落としたとおぼしい酒塚の苔が畳にこぼれていたという。住職は不思議に思いつつも彼の女の精を不憫に思い、早速に酒塚を境内に移したという。日頃の住職の大乗心が、石を動かしたという奇瑞憚が人々の人情心に訴えて、参観者が絶えず訪れるようになったと伝えられている。

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